むしろ足知
やっぱタルシルやけ!!…吾唯足知(われただたるをしる)なブログ。
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プロフィール
HN:
みやちともひろ
年齢:
23
性別:
男性
誕生日:
1983年5月
9
日
職業:
最先端農業(?)
趣味:
大相撲
自己紹介:
農学部卒業後、日本の求める農業・自分の求める農業とは何かを探索して、日本各地で農家のお手伝い。悠々自適(?)な自分計画の研修旅行!いつかあなたの街にもお邪魔するかもしれませんーっ!
月別アーカイブ
2007 年 02 月 ( 16 )
2007 年 01 月 ( 18 )
2006 年 11 月 ( 3 )
2006 年 10 月 ( 3 )
2006 年 09 月 ( 5 )
バーコード
2026
04,11
12:50
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2006
06,05
06:50
ツール・ド・東海道~今日はどこまで行くのやら編~
CATEGORY[未選択]
17:37、庄野宿本陣通過。
17:49、JR加佐登駅通過。
18:10、石薬師宿着。ここは東海道五十三次の四十四番目の宿場町。どうやら石薬師は歌人、佐々木信綱ゆかりの地であるらしい。道沿いには信綱の短歌が掲げてある。それを一つ一つじっくり味わって行くだけでも十分楽しめる。
18:53、石薬師出。
19:01、四日市市入り。
19:21、近鉄追分駅通過。
19:26、日永の追分着。ここは東海道と伊勢街道の分岐点。また、石薬師宿と四日市宿との間にあり、間の宿(あいのしゅく)がある。間の宿は薬師宿や四日市宿などの本宿に比べ割安であったため、旅人によろこばれた。
20:10、近鉄四日市駅着。ストリートダンサーがいる。
20:28、微妙な距離があったがJR四日市駅まで来てみる。近鉄四日市駅に比べ大した寂れぐあいだ。
21:10、三ツ谷の一里塚通過。
21:49、四日市宿と桑名宿との間の宿・富田通過中。
22:11、朝明川を渡り、朝日町に入る。
22:27、近鉄伊勢朝日駅通過。
20:41、町屋橋渡る。
22:59、矢田立場通過。桑名入り。
23:38、七里の渡し着。桑名城の水門でもある臥龍櫓が立派である。ちなみに桑名は東海道五十三次の四十二番目の宿場町である。
0:01、JRおよび近鉄桑名駅着。
その後、結局「すき屋」に入り、とりあえず豚丼を注文。豚丼を食いながらも、うとうとはしていたが本当に眠ってしまうとは!もう6時である。外もだいぶ明るくなっている。正直言えば、確かにこの店に入るときにここで夜を明かそうかとはふと頭によぎった。しかし、さすがにこの店もファーストフード店であるし回転が速い店でそれはないなと思ったので、自分でもびっくりである。まぁ半ば計画的犯行とも言えるから、よく言う未必の故意というやつだろうか?いや、違うか♪
仕方がないから、ここでそのまま朝食もとって出かけることにしよう。今日は名古屋城を目指す。
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2006
06,04
17:22
東海道歩こう会~亀山宿編~
CATEGORY[未選択]
8:03、道の駅・関宿およびJR関駅発。ひとまず目指すは、次の宿場町・亀山である。
高速やバイパスの交錯する下をくぐり抜けると、すぐに大岡寺綴に出た。亀山宿への第一歩である。この綴は全長約3.5㎞。東海道随一の長さであるらしい。
やや変種の大葉であろうか。丸みを帯びた大葉を道端に見つけた。大葉ではなく丸葉といったところか。チャリでは見過ごしてしまうものが歩いているとよく見える。
9:42、能古茶屋跡通過。能古茶屋は道心坊能古という禅宗のお坊さんが出していた茶屋で、奈良の茶飯や能古家伝来の味噌や煮豆などの珍味を出していたため大変な人気となり「東海道中たぐいなき茶店」と言われるほどであった。実は、この能古と松尾芭蕉とは親友どうしであるらしく、ここで「枯枝に鳥とまりたるや秋の暮」という大変シンプルな名句を残している。
10:10、野村一里塚着。そばの菓子屋で草餅を買う。この菓子屋の歴史は知らないが、おそらく古くから道中の旅人をもてなしてきたのであろう。
10:45、京口門跡通過。この門前の坂道を京口坂といい、その両端にカラタチが植えられていた。安藤広重は東海道五十三次「雪晴」でその様子を描いている。
11:00、自転車屋を発見!しかし日曜のため閉まっていた。やはり。世の中、甘くない。もう少し歩くことにする。
11:11、伊勢亀山城着。亀山城の本丸跡に登ると、眼下、かつて西の丸があった場所に中学校のグランドが見える。部活に励む中学生の声が城の石垣に響く。
白球に夏風そよぎ越えていく
11:41、亀山城出発。
ついに…。
ついに“開いている”自転車屋を見つける。正直、一里塚を見つけたときなんかより数倍うれしい。※「くたびれたやつが見つける一里塚」という川柳がある。
そこのオヤジ曰わく、俺みたいなのがここにはよく来るから面白い、と。ここは旧東海道沿いでもあるし、自転車屋もそうそうないから、鈴鹿峠で調子悪くした自転車やバイクを持って俺みたいなやつが必ずと言っていいほど来るらしい。いわばこの自転車屋は亀山の関所みたいなものである。自分の場合は、下り坂でチャリを飛ばしすぎたためにパンクしたらしいが、下り坂は気をつけねば。ただ、鈴鹿峠が難所であることに違いない。
そこのオヤジはまたよくしゃべる人で、特に政治の話が多かった。最後には「君たち若い人が国会議員にでもなって日本を変えていってくれ」との想いを託された。よし、野望を持って世の中変えてみますか!?
13:08、自転車復活。再出発!ひとまず四日市を目指す。
13:12、露心庵跡通過。亀山宿出。
13:26、和田一里塚着。岐阜から来たという東海道巡りのおばちゃん二人連れに会う。今日は日帰りで、ここ亀山だけを見に来たそうだ。少し話をしたが、思った以上に東海道は人気があるらしい。おばちゃんから聞いて初めて知ったのだが、ちょうど今、NHKの衛星放送で東海道を歩いて旅する番組をやっているらしい。偶然とは言え驚く。また、うれしくも思う。この道を選んで正解だったとも思う。
その後JR井田川駅まで、おばちゃん二人と歩いて行く。井田川駅で二人と別れ、またひとり旅を始める。とりあえず次の宿場町・庄野を目指す。また、こういう出会いのあることを期待しつつ。
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2006
06,04
07:41
東海道歩こう会~関宿編~
CATEGORY[未選択]
いや~、いい風呂やった。思えば風呂につかるのも、かなり久しぶりな気が…。風呂上がりの飛騨パイン牛乳が最高やった!
さて、一晩滞在した関宿であるが、これがまた、なかなかの町並みなのである。やはり国指定の重要伝統的建造物群保存地区だそうだ。古き良き日本の風景である。
関の地名は、7世紀この地に設けられた鈴鹿関に由来。東海道五十三次の四十七番目の宿場町として栄え、鈴鹿峠をひかえた旅人にとっては大切な宿場町であったことだろう。
一晩お世話になった地蔵院を真ん中に宿場町は細長くのび、宿場の東端は伊勢別街道との、西端は大和街道との分岐点で、それぞれ東の追分(おいわけ)、西の追分と呼ばれる。写真は関宿の町並の様子。道の奥に見えるのが地蔵院の地蔵堂。その向こうに見えるのが鈴鹿の山である。
その地蔵院は天平時代、聖武天皇に命により建てられたそうで、本堂に安直されている地蔵菩薩は国内最古のものらしい。夜の暗さでは分からなかったが、よく見ると地蔵院の浮き彫りもなかなかのものである。滞在中に何人か地元の人が、道すがらお参りに来た。さすがお地蔵さん、地元に根づいている。
さて今日は、まずは自転車屋を探さねば!
四日市まで29㎞、名古屋まで73㎞。
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2006
06,04
03:05
ツール・ド・東海道~鈴鹿峠急降下編~
CATEGORY[未選択]
本当に冷えてきたので目が覚めてしまった。なんだ、まだ2時か。昨夜、ブログを書いとる途中で、いつのまにか眠りこけとったので、その続きを書く。
18:05、旧宿場町、坂ノ下通過。
18:49、旧宿場町、関に入る。
ところが…。
ちょうど関に入ったあたりから、タイヤの様子があやしくなる。
19:30頃、ついにパンクと判明。いささか早すぎるパンクであった。
親切なお好み焼き屋のおいちゃんが空気入れを貸してくれた。が、ダメであった。仕方がないので今夜は関に泊まることを決意する。そのお好み焼き屋のおいちゃんが泊まるとこを紹介してくれた。ありがたい。
おいちゃんに付いて行ってみると、なんとも寂れた旅館である。本当にやっているのだろうかと思ったが、どうやら泊まれるようだ。助かります。
ところが…。
素泊まりで宿泊料5000円!ちと高いと思う。が、この際、背に腹は変えられんということで、泊まる気になる。
ところが…。
手持ちが4000円ほどしかないと判明。しかも明日は日曜。頼みの綱の郵便局が開かず金を引き出せんことが分かる。こうなれば、払えん分は体で払うしかないと思い、直談判。しかし、「お手伝いしてもらうことがないんよねぇ」と一刀両断。結局、宿泊料をまけてもらうことはできず、その宿を出ることにした。
お金がなくて貧乏旅行をしていることをアピールすれば、もしかしたらという期待があったが、欲が出たのか、見事に断られた。いろんな人が「世の中そう甘くはない」と言うのはこういったところだろうか。それにしても、もう少し人情を見せてくれてもいいのではないかと思ってしまう。まぁ、突然泊めてくれとやって来たどこの馬の骨とも知れない薄汚れた若僧を、一度は泊めてやろうと部屋に上がらせてくれただけでも十分ではあるが。
さて、それで今どこにいるかと言うと、旧街道沿いに建つ寺にいる。どうやら地蔵院というらしい。しっかり寝転がってしまっている。屋根は大きく、軒の板張りが気持ちよかったりする。ここに来て、こうやって横になっていると、これでよかったような気になる。金も飛んで行かずに済んだし。
さっき、地元のおっちゃんがお参りに来た。自分のことを心配しているのか、不審に思っているのか、「こんばんは。大丈夫ですか?」と聞いてきてくれた。こんなところに寝るのは申し訳ないことだが、別にいいのかなとも思ったりもした。なんだか気分がよくなってきた。実際よく眠れそうだ。(しっかり寝てました♪)ただ一つ、チャリのパンク修理だけが気にかかる。
さて、こうやってJR関駅で携帯の充電をさせてもらいながらブログを書いていたら、新聞配達のおじさんがやってきて声をかけてくれた。おじさんが近くにトラックステーションがあって、風呂もあるというから、喜んで連れてきてもらい、今ここにいるわけである。途中の車の中で、これから静岡の掛川にお茶の仕事をしに行くということを話すと、偶然おじさんもお茶の仕事をしたことがあるということで、いろいろ話してくれた。ラーメン食いながらビール飲みながら作業したとか、実家には野菜畑の周りに茶畑があり手摘みをしていたとか。もう30年ばかり前の話だそうだが、「先輩」からいい話を聞いた。
しかし、ふとしたきっかけでこんな手助けをしてくれる人がいるのだ。人生甘くはないかもしれないが、やはり人生はおもしろい、ということだろう。おじさんありがとう!さぁ、ひとっ風呂浴びるかな♪
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2006
06,03
18:23
ツール・ド・東海道~越えろ鈴鹿峠編~
CATEGORY[未選択]
14:27、甲賀市土山町入り。
15:32、道の駅・あいの土山に到着。ちょいと一休み。無料サービスのお茶をいただく。どうやら、土山の特産品はお茶らしい。確かに、この道のり、茶畑を見ないときがなかった。
茶畑の並びて見えし一里塚
※一里塚とは道中、一里(約4㎞)ごとに目印として置かれたものである。高さ2.5m、円周12mの規模のちょっとした丘のようなものかと思う。塚の上には榎木などの木を植えて旅人が遠くから見ても分かるようにしていたらしい。
16:42、休憩終了!道の駅・あいの土山を出発。
17:35、鈴鹿峠、万人講常夜燈着。この常夜燈は夜になると火が灯り、道中旅する人の鈴鹿越えを照らしてくれていたそうだ。
17:45、鈴鹿トンネルを抜け県境に。三重県亀山市。あとは鈴鹿峠を下るのみである。
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