むしろ足知
やっぱタルシルやけ!!…吾唯足知(われただたるをしる)なブログ。
リンク
ボラバイトブログ(みやちゃんのもう1つのブログ)
最新コメント
無題
(02/27)
サム
(02/13)
無題
(01/28)
サム
(01/27)
無題
(01/24)
カレンダー
03
2026/04
05
S
M
T
W
T
F
S
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
プロフィール
HN:
みやちともひろ
年齢:
23
性別:
男性
誕生日:
1983年5月
9
日
職業:
最先端農業(?)
趣味:
大相撲
自己紹介:
農学部卒業後、日本の求める農業・自分の求める農業とは何かを探索して、日本各地で農家のお手伝い。悠々自適(?)な自分計画の研修旅行!いつかあなたの街にもお邪魔するかもしれませんーっ!
月別アーカイブ
2007 年 02 月 ( 16 )
2007 年 01 月 ( 18 )
2006 年 11 月 ( 3 )
2006 年 10 月 ( 3 )
2006 年 09 月 ( 5 )
バーコード
2026
04,09
17:42
[PR]
CATEGORY[]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2006
07,06
14:00
チャリ改造
CATEGORY[未選択]
実は日坂で自転車がバージョンアップした。荷台を付けてもらったし、ステッカーもついた。これで楽に楽しく旅が続けられるというもの。日坂には本当に感謝。
PR
コメント[1]
トラックバック[]
2006
07,05
23:49
ツール・ド・東海道~静岡観光編~
CATEGORY[未選択]
4:30頃、起床。駿府公園でくつろいでいると、さっそく朝早くからお巡りさんに声をかけられる。今回も理解のある方々で、「農業はいいなぁ」とか言ってくれる。若いお巡りさんは自分と同期だと言う。やはり同い年のやつが働いているのを見ると気が引ける思いもするが、今は気にせず自分のやりたいようにやって行きたい。
お巡りさんが行ってから間もなく、雨が降り出した。これじゃあ今日はあんまし静岡観光できんなぁ。当然、富士山も見えんし。今日はおとなしく博物館とか美術館とか行ってインドア派で過ごそう。
まずは、駿府城の東御門と巽櫓の中に入る。駿府城は家康が晩年を過ごした城だが、家康亡き後しばらくして火災で焼けてしまい、その後再建されなかったという。だから、この門や櫓は近ごろ再建されたものである。中は博物館風になっていて、じっくり見入ってしまった。どうせ外はどしゃ降りやし。
次に、同じく駿府公園内の秋葉山庭園に入る。ここも新たに造られたもの。富士山や三保の松原、それに茶畑など静岡の名所を一つの庭園にまとめてしまってある。庭園内ではお茶を飲むことができ、お煎茶をいただく。とうていお茶の味など分からない身だが、うまいと思う。お茶の味がはっきりある感じ。たぶんお茶の入れ方もいいんだろう。外の雨はまだまだ元気がいい。
今度は駿府公園を離れ、駅の方の駿府博物館へ行く。日本画を観る。観終わって外に出ると雨はあがる。
次に、駅のそばの静岡アートギャラリーでデュフィの展覧会をやっていたので観に行く。聞き慣れない画家だったが行ってみると、青い海の水彩画が夏を思わせ、そのときは気持ちも晴れる思いがする。外はまだどんより空模様。
雨が止んでいる間に登呂遺跡に急ぐ。登呂遺跡は日本で初めて、弥生時代の稲作が確認された遺跡で歴史の教科書にも載っとる。そういう訳で、住居や高床倉庫だけでなく弥生時代の田んぼも復元されている。東名高速が近くにあるわりに静かないいとこだと思う。
今日最後、日が暮れる前に静岡の浅間神社に行く。すでに門が閉まっており本殿をよく見ることができなかったが、その門を見るだけで十分。彫刻や絵付けがすごい。日光東照宮に似たところも多い。
JR静岡駅に戻り、とりあえず晩飯にする。前の宿場町、丸子宿の名物とろろ汁の店に入る。家で山芋をすりおろして食べるとろろご飯となんら大差ないように思うが、麦ご飯おかわりOKで腹いっぱいになったので満足した。
現在はJR東静岡駅近くの温泉にいる。ここである程度、一晩過ごせるのではないかと期待する。とりあえず風呂にしよう!
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,04
23:40
ツール・ド・東海道~富士山見えるかな?編~
CATEGORY[未選択]
5:03、再び焼津港着。焼津港の日の出を見ようと思う。
6:30、焼津神社着。夏越の祓いでくぐる茅の輪あり。
9:30、焼津市歴史民俗資料館に行く。館内の一角に第五福龍丸コーナーがある。そう、焼津は第三の被曝地とも言われ、1954年3月1日にアメリカのビキニ環礁での水爆実験に巻き込まれ被災した第五福龍丸の母港である。小さなスペースながら、亡くなられた久保山愛吉さんら被曝した乗組員のこと、放射能汚染による魚の販売不振のこと、核兵器反対運動のことなどに関する資料が展示してある。このような場所に来ると気が引き締められ、改めて平和への思いが強くなる。
11:36、焼津市立図書館出。藤枝宿に引き返す。
12:00、JR西焼津駅通過。
12:57、須賀神社の大クス着。藤枝市内のお菓子屋さんで買ったサッカーエース最中というサッカーボールの形をした最中を食う。
13:54、横内橋通過。
14:00、岡部宿入り。
14:08、五智如来像前通過。
14:09、岡部町役場前通過。
14:44、再び焼津市に入る。
15:08、しまった、道間違えた!引き返す。
15:22、無事、東海道に戻る。
15:28、大旅籠柏屋前通過。
15:49、西行とその弟子西住ゆかりの笠懸の松を見に行く。近所のおばあちゃんが野良仕事をしていたところを、親切にお茶を出してくれた。冷たい麦茶。峠越えを前に優しい心遣いである。ちなみにおばあちゃん曰わく、今ある笠懸の松は四代目だそうな。
16:59、道の駅宇津ノ谷峠に着く。これからが本番!
18:05、つたの道に行ってみる。在原業平が伊勢物語に、「ゆきゆきて駿河の国にいたりぬ。宇津の山にいたりて、わが入らむとする道はいと暗う細きに、蔦かへでは茂り、もの心細く、(中略)駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり」と記したことから、古代~中世(約700~1590)の東海道のことを「つたの細道」と呼ぶようになった。蔦がうっそうと茂っているわけではないが、荒っぽく急な石段から始まる細道は肉体的に辛そうだと思う。また一人では業平なみに心細い。
18:14、旧東海道に入る。実はこちらも心細げな道である。もっと別な大きな道もあるのに、判断ミスかな?とりあえず、次の宿場町丸子宿の宿境まで十八町(約2㎞)。
18:36、宇津ノ谷峠を登りきり下りに入る。旧東海道と言うだけあって、道はまったく舗装されておらず、坂は急、狭いところはあり、そのため自転車を押して進むしかなく、下りも楽ではない。しかし本物の峠越えの気分を味わえた。
19:01、宇津ノ谷に出る。すでに日は暮れ、辺りは薄暗くなりつつある。宇津ノ谷は岡部宿と丸子宿との間の宿である。小さな集落で雰囲気の良い町である。各家の前に小さなたいまつで火をともしている。不思議に思い、家の前に座っていたおじいさんに尋ねる。「お盆だからねぇ。わしらのとこではどの家もみな7月1日から30日まで毎晩火をともすんだ。」初盆も何も関係なく「どしゃ降りのとき以外は」毎晩だそうだ。また、7月は七夕だから、七夕飾りのついた笹も道沿いにずらりと並ぶ。それに盆のたいまつが加われば壮観である。それで、おじいさんや子どもたちがたぶん毎晩のように家の前に出て、おしゃべりしながらの夕涼み。とても素敵な集落でしょう?
宇津ノ谷にお茶蒸す香りよいにけり
19:14、静岡市入る。まもなく丸子宿。
20:51、丸子宿高札場通過。
21:14、丸子宿本陣跡通過。
、でっかいキリンビールのネオンサインの横を通り過ぎると、ようやく安倍川に出た。川の向こうに静岡の町並みが見える。すぐそばを新幹線が走っていった。明日になれば富士山も見えるかなぁ。
22:42、JR静岡駅着。今日はこの辺で「宿」を探そうと思う。
23:15、駿府城公園に着く。24時間営業?なんてオープンな城だこと。
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,04
09:21
ツール・ド・東海道~ありがとう日坂編~
CATEGORY[未選択]
7月3日、午前9時過ぎ。法讃寺のおじさんとおばさんに、小夜の中山峠まで送ってもらう。まったく甘えてしまってしょうがない自分がいる。今度また日坂に寄ったときには、とことんお寺のお手伝いをしなければと思う。お世話になったお二人と日坂に感謝しつつ、別れを惜しみつつ、小夜の中山峠を越えた辺りからまた東海道ひとり旅の再開である。
坂道をわずかに下るとすぐに金谷峠が立ちはだかる。急な坂ではないが、上り坂がだらだらと続いており、汗もだらだらである。日坂宿から隣の金谷宿にかけてあるこれらの峠は小箱根と呼ばれるほどの難所なのだ。
11:00、金谷峠を下ってくると金谷坂の石畳に着く。この辺から東海道五十三次、二十四番目の宿場町の金谷宿に入る。金谷坂もなかなかの急な坂道で、そこに石がきれいに敷き詰められている。今もまだ街道に石畳が残るのはここ金谷と、箱根、それに中山道の十曲峠だけという。貴重なこった。
12:00、JR金谷駅通過。
12:10、金谷の一里塚通過。
12:24、金谷宿柏屋本陣跡通過。
12:41、大井川鉄道新金谷駅着。「新」とつくのに駅舎はボロい。さらに、奥の車庫にはSLが見える。SLがいまだに走る古式ゆかしい大井川線なのである。
12:53、日本左衛門首塚発見。日本左衛門は江戸時代の盗賊の親分で、東海道を荒らし回っていたらしい。義賊であったらしく、金持ちの蔵を破っては生活困窮者に盗んだ金を分け与えていたそうな。
13:18、ようやく大井川に出る。かつて、この川には橋など架かっておらず、旅人は川越人夫の手を借りて彼らの肩に担がれたり、連台という乗り物に乗せられたりして川を渡ったという。橋を架けなかったのは軍事上のことで、この大井川を東海道唯一の関所川と定めていた。船で渡るのも許されなかったというから、旅人にとっては峠越えもあるのにまったく難所続きである。流れの急なところではいくら川渡しのプロ川越人夫といえど命がけであったのではないかと思う。向こう岸にパルプ工場が見える。
13:30、大井川川会所着。ここで、おばさんがわざわざにぎってくれたおむすびをいただく。うまい。
日坂の忘れぬ味や峠越え
この辺りは、川越業務を行っていた川会所や川越人夫が普段詰めていた番宿などが立ち並び、昔の面影をよく残している。これより島田宿である。
15:23、大井神社に着く。なんとも珍しい帯祭とやらがあるらしい。
16:03、蓬莱橋に行ってみる。ギネスブックに世界一長い木造歩道橋として載る。確かに長い。長いし通行料もとるというから渡りはしなかった。
17:06、栃山橋を渡り島田宿出。
17:11、JR六合駅通過。
18:12、志太一里塚通過。ここは東京から五十里(約200㎞)の地点。藤枝宿に入る。
18:23、藤枝宿上伝馬商店街通過。
18:48、わざわざ藤枝東高校前を通過。
19:02、田中城跡を回る。田中城本丸跡には藤枝市立西益津小学校が立つ。
19:28、田中城下屋敷。本丸櫓などを移してきており、ちょっとした公園になっている。下屋敷とは城主の別荘のことである。
19:38、訳あって東海道をそれ、焼津市に入る。
20:02、焼津駅着。
20:17、焼津港着。
結局、夜は焼津駅近くの公園にて野宿。
明け方近く4時頃目覚めると、蚊にたくさん咬まれている。かゆい。
今日はできれば静岡市まで行って市内観光したい。
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,03
08:45
葛布の使い道
CATEGORY[未選択]
法讃寺には葛布を貼ったふすまがある。葛布ってこんな使われ方するんやなぁ。
コメント[1]
トラックバック[]
<<
前のページ
|
HOME
|
次のページ
>>
SEO対策