むしろ足知
やっぱタルシルやけ!!…吾唯足知(われただたるをしる)なブログ。
リンク
ボラバイトブログ(みやちゃんのもう1つのブログ)
最新コメント
無題
(02/27)
サム
(02/13)
無題
(01/28)
サム
(01/27)
無題
(01/24)
カレンダー
03
2026/04
05
S
M
T
W
T
F
S
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
プロフィール
HN:
みやちともひろ
年齢:
23
性別:
男性
誕生日:
1983年5月
9
日
職業:
最先端農業(?)
趣味:
大相撲
自己紹介:
農学部卒業後、日本の求める農業・自分の求める農業とは何かを探索して、日本各地で農家のお手伝い。悠々自適(?)な自分計画の研修旅行!いつかあなたの街にもお邪魔するかもしれませんーっ!
月別アーカイブ
2007 年 02 月 ( 16 )
2007 年 01 月 ( 18 )
2006 年 11 月 ( 3 )
2006 年 10 月 ( 3 )
2006 年 09 月 ( 5 )
バーコード
2026
04,08
15:36
[PR]
CATEGORY[]
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
2006
07,30
15:09
隅田川
CATEGORY[未選択]
ひまわりの見つめる先を隅田川
PR
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,30
03:45
いせや
CATEGORY[未選択]
「シューマイ、ハナー!」
その店は、まだ昼間であるというのに活気に満ちている。吉祥寺にある「いせや」という焼き鳥屋。「まったく昼間っから酒を飲んで」と言われかねないが、実際みな午後の二時三時から酒をひっかけている。それも満席状態。だから昼間では考えられないような活気がある。そんな店内には鳥焼く煙がたなびく。焼き鳥がまた一本80円でお手ごろ。個人的にはシューマイがお勧め。元々、肉屋であったらしく、仕入れた肉を使っての自家製シューマイである。いまだに、飲み処の隣では小さなスペースに肉を置き売っている。創業は明治、大正頃。立ち飲み場もあるし、たぶん予約すれば欄干が良い二階の部屋でも飲める。行けば元気がもらえる「いせや」に是非一度!
※「ハナ」=韓国語で「一つ」という意味。
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,29
19:39
上野駅公園口
CATEGORY[未選択]
上野駅の改札付近に立っていると、実にいろんな人が通るからおもしろい。背中に大きな楽器を背負った人がいるかと思えば、大きなリュックを背負った登山帰りの人もいる。たぶんバレエだと思うが稽古帰りの女の子に、JRの便利なカードSuicaに感動する旅行客らしき人たちもいる。あ、巡回中の警察官も。外人さんも多い。もちろん、ファッションも様々。東京はどんな趣味の人も受け入れる。また、ある時間ごとに人の群れが階段から溢れては駅構内を埋めつくし、その後また徐々に人影がまばらになっていくのも、やはり見ていておもしろい。俺みたいに人を待つ人も多いし、上野駅は人間観察にはもってこいの場所である。ああ、やっと先輩来た♪
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,29
11:06
君は手賀沼を見たか?
CATEGORY[未選択]
一昨日、房総半島を縦断かつ横断した。叔父さんの奥さんと、そこの末息子つまり従兄弟に連れられて、山里に水生生物を求めての旅である。
従兄弟は気がつけば中一になっていたのだが、相変わらずの生き物好きで、どんどん田んぼや小川に下りて行く。俺も久しぶりにこういうことして、マツモムシという水生昆虫やメダカに似た小魚を捕まえることができたけど、どうも彼ほどの情熱は残っていないようだ。まぁ彼の場合、知識といい行動力といい、結局、全盛期の俺でもかないはしないんやけど。将来は是非とも、本人の思い描くような生物学者になってほしいものである。
棚田にも行った。千枚田という立派な棚田だった。そこにはイモリがいると言うので探していると、その棚田を管理しているというおじさんがやって来て、「ここは生態系を保全しているところだから、生き物を捕ってはいけない」と注意されてしまった。そう言われると仕方ないのだが、ずいぶん日本も遊びにくくなったものだと悲しくなった。イモリはというと、どこに隠れているのか、結局見つけ出せずに、まったく悲しさ二倍であった。
そういえば九十九里浜にも行った。九十九里、つまり永遠と浜が続くように昔の人たちは思ったという九十九里浜。一昨日はやや荒れ模様で、潮風がひどく、潮の香りもひどかった。
それから最後、食虫植物の群落があるというので見に行った。少し迷ったが、あった。湿地に何種類かの食虫植物が生えていた。俺はウツボカズラやハエトリソウのようなものが群れているものと勘違いしていたから、最初は分からなかったけど、見た目は他の野草と変わらない姿で食虫植物が生えている。こんな地味な食虫植物もあるのだと勉強になった。
さて結局、昨日の収穫はというと、ゲンゴロウとゲンゴロウモドキの幼虫が最大の収穫だったろう。従兄弟の凝りに凝ったビオトープにまた新たな仲間が加わった。彼は飽きることなく水槽の中をいじっていた。それはそうと、俺の唯一の成果と言っていいマツモムシは、小魚を食うからという理由で、従兄弟にあっけなく逃がされてしまった。俺にとっては珍しい昆虫やったんやけど…。まぁ、今度行くキャンプの良い予習にはなったけ、いいか。キャンプには悪ガキどもが集まって虫取り魚捕りするやろうから。
ところで、叔父さんの家は千葉県我孫子市にある。全然知らんかったんやけど、我孫子という町は文化人の町だそうだ。民俗学者の柳田國男に、小説家は志賀直哉や武者小路実篤、民芸運動家の柳宗悦、そして陶芸家バーナード・リーチまで。彼らは我孫子の手賀沼周辺に居を構え暮らしていたという。
手賀沼も広い、というか細長い湖である。水鳥も案外多く見られる。あの山科鳥類研究所も手賀沼のほとりにある。釣り人も必ずいる。昔に比べたら汚染されてしまったのかもしれないが、文化人も愛した自然に囲まれる、ここ我孫子は住みよい町であるんだろう。
コメント[0]
トラックバック[]
2006
07,26
20:42
人生楽ありゃ苦もあるさ♪
CATEGORY[未選択]
昨日は水戸の偕楽園に行った。行く前から人に言われてはいたが、確かに、梅の花が咲いていない偕楽園には行っても意味がないのかも。それでも、あの青々とした梅林は見事だと思った。園内には100種3000本の梅の木が植わる。梅の花が咲く頃は一体どうなることやら。
造ったのは、水戸九代藩主徳川斉昭公。「孟子」の一節「いにしえの人は民と偕(とも)に楽しむ、故によく楽しむなり」から「民と偕に楽しむ」場としたく、偕楽園と名づけたそうだ。なるほど、名君であったことが偲ばれる。
造園に当たっては斉昭の意見も取り入れられ、特に好文亭(別荘のようなもの)はこだわりを持って造られた。偕楽園そのものが少し小高いところに造られているのだが、その好文亭は中でも見晴らしのよい丘の端っこを陣取っている。好文亭の三階、楽寿楼から眺めれば、園内の景色の向こうに千波湖が見下ろせ、よく晴れた日には筑波山も見えるらしい。この好文亭で、斉昭は詩作にふけるなど学問に親しんでいたという。時に、年取った家臣や城下の老人を呼ぶこともあり、実際に共に楽しんでいたようだ。
実はこの偕楽園、入場無料である。岡山の後楽園にはお金を払って入ったものだから、当然そのつもりで来たんやが、どうもそのまま入っていける。どこからでもいらっしゃいと言わんばかりに、入口もいくつもあるようで、とてもオープンな庭園である。自転車も通る。さすがに犬の散歩はダメらしいが、それでも、ちょっと散歩しに人は来るし、子どももふらりと遊びに入ってきている。なにしろ広いものだから偕楽園を突っ切って通るだけの人もある。こうなれば、ただの通り路やけど、こんな風に市民に開放してあるのも、偕楽園の名の精神をいまだに大切にしとるからやないかな。梅の花咲く時には、本当に皆が楽しめる場所になるんやろう。今度は是非とも3月頃に。
青々と夏来たるまつ梅ごころ
コメント[1]
トラックバック[]
<<
前のページ
|
HOME
|
次のページ
>>
SEO対策